「成り立たないもの」

「この本じゃシリーズは成り立たないんだよ」


ぼくはある単行本シリーズのうちの一冊を任され、本ができた。
このシリーズの担当者の、この本の評価がこれだ。
やっとサンプル本ができ、これから店頭に並ぼうか
というときにそう言われた。


そのシリーズには一般的にも著名な人の本がラインナップされていた。
でも、ぼくがつくったのは名もなき研究者の本だった。
「やっぱり本は著者の知名度
というのが、彼の編集者として信じている勝ちパターンである。
だから、名もなき研究者の本では、シリーズは成り立たないということだ。
著者の知名度が売り上げに貢献することはわかっている。
でも、名もなき研究者の本も売れることはある。


つくった人の目の前でそんなにはっきり言わなくたって、と思う。
こんな本なんか、最初から売れないと思っているようだ。
どうして、思っていなくても「売れるかもね」といってくれないのかな。
その一言だけでがんばれるのになあ。


出版業界には「どうせ売れないから」ということを
つくっている私らに言いながら、仕事を発注してくる人がたまにいる。
こういう話を聞かされるのはけっこうつらい。
仕事だからやるし、そういう仕事に限ってけっこうたのしいのだが。


そもそも人はマイナスに向かってがんばれない。
「売れないだろう」と思っている商品をつくるためにがんばれない。
「売れるかも」と思うからがんばれる。
何かプラスのものをイメージできないと人はがんばれないものだ。
できなくて罰を与えられるよりも、できて褒美を与えられるほうがいい。
いや、褒美なんてものでなくてもいい。
「がんばったら、いい本になるよ」
それだけ言ってくれたらがんばれる。
いや、そんなに親切なこと言ってくれなくていい。
「この本じゃ成り立たない」とさえ、いわれなければ何をいわれてもいい。


「結果を見てろ、どっちが売れるか勝負だ!」と思っていた。
けれど、フタを開けてみれば著名な著者の本はベストセラーの勢い。
ぼくがつくった本は泣かず飛ばず。平積みにもされずに、ひっそりと
専門書にコーナーに置かれている。
彼のいう通りになってくやしい。


でも、今日も明日も、「成り立たないもの」のためにがんばる。
それが仕事だと思うから。