約3年前からひきこもり関係の本をつくるために、
ひきこもり当事者や、親など関係者を取材している。
彼らとある時はチェーンのコーヒーショップで、
ある時は安居酒屋で打ち合わせと言う名の対話を
続けてきてわかったことは、現代社会はさまざまな
生きづらさを抱えた人がいて、その表出の仕方の
ひとつがひきこもりなのだということだった。
その生きづらさはどこから来ているのか、
議論の中で出てきたのは、日本社会の特異性だった。
私たちは自分が所属する社会(これを社会学では準拠集団という)
において、集団の求める役割を果たすことが期待されている。
家族であれば、夫や妻であり、父親や母親であり、
ときに嫁や婿であったりする。
それが会社になれば、課長や部長、社長になったりする。
この準拠している集団で期待される役割は、時代によって変わる。
この激変が起こったのが昭和、平成の日本だったと思う。