言ってはいけない「わかるよな」

双方の意見は食い違ってなどいない。
件のアメフット部の監督・コーチと、選手がそれぞれ会見した。
事実関係は大方双方で一致している。
監督・コーチも、選手も
「潰してこい」と言ったし、言われたというわけだ。
その取り方が問題だったので、監督・コーチは、
「言葉の受け取り方に乖離があった」
といっているわけだ。
問題なのは本当に「乖離」があったのかどうかだ。
本心では「ケガをさせてきてほしい」と思っても
自分の口からは言えない。
しかし、試合に出させない、罰走させる、丸刈りにさせる
といった制裁を背景に、『「潰してこい」の意味、わかるよな』
と言うのは、選手が「相手をケガさせる」意味に捉えることを
期待しているといえる。
本心では「ケガさせちまえ」と思っていても、
言葉としては「ケガなんて一言も言っていない」
と言い逃れができることを分かったうえでやっている。
それがみんなわかっているから批判している。
状況証拠を見れば、指導者たちが
「相手選手をケガさせることを望んでいた」
ことは明らかだろう。
「わかってるな」というのは、よくある話。
映画やドラマでもあるよね。
「わかってるよな、君」といって念押しして、
部下に不正をやらせるケース。
上司はことが露見したとき、「そんなこと言ってません」といって
言い逃れができるように小賢しい予防線を張っているわけだ。
下位にいる者を捨て駒にして、自分は安全な場所から
指示を出し、自分の思い通りの結果を得る。
こういうものに対して、みんな吐き気をもよおすほど
辟易しているんだよ。
なぜなら、この出来事に反応するほとんどの人は、
自分がいつその立場に置かれるかわからない
弱い立場の者だからだ。