相撲はもともとフェアなスポーツではない

過去に大相撲の八百長問題が週刊誌で取り沙汰されたとき、
「実力差があって自分が弱いとき、白星を売ってお金をもらうことは
必ずしも悪いことではない」といった人がいた。
でも、真剣勝負で14番戦った人と、10番真剣勝負、4番八百長
戦った力士が千秋楽でぶつかった場合、体力温存している八百長力士の
ほうが有利であるに違いなく、明らかにフェアではない。
ただ、相撲というのは興行であって、アマチュアスポーツでないし、
毎場所、力士が総当りで戦うわけでもない。
勝敗は相手に左右されるから、最初からフェアではないのも確かだ。
誰が取組みを決めているかも不透明だし、同部屋対決も基本的には
ないので、多く実力者を抱える部屋の力士が有利になる。
そういう意味では、もともと相撲はフェアなスポーツではないので、
八百長があってもいいし(それを八百長というかどうかは別にして)、
角界の慣例どおりに運営していけば、問題はなかったというのが
これまでの認識だった。
でも、それが許されない時代になったことに角界は気づかなかった。
いまのように不況になると、賭博のような金の話に人々は過剰に
反応するようになる。今回の八百長問題も金がとびかっていた。
連勝記録など、普通のスポーツと同等に語られることも多くなり、
世間の許容範囲が狭くなったことも加わって、真剣勝負以外は
許されない雰囲気になってきた。
変わったのは世間のほうだったのだが、変わらなかった角界
時代に取り残されてしまったわけだ。
でも、歴史ある伝統芸能でもある大相撲だから、伝統を守りつつ、
変化していくことは相当に難しかったのだろうとは推察する。
それに、一番欠けているのは、角界を正しい方向へ導くリーダーだ。
新しいリーダーが出てこなければ、復活は難しいのではないか。
それほど興味があるわけではなかったが、なくなるのはさびしい。
これからいったいどうなるのか。見守るしかない。