住居費が最大の問題

『ゼロから始める都市型狩猟採集生活』という本の著者である、
坂口恭平氏のイベントに行ってみた。
坂口恭平氏&隈研吾トークショー」である。
隈氏は建築家。今回は建築家と話してみたかった坂口さんが、
持論をぶつけるというトークショーになった。
坂口氏曰く、都市で家を持てるのは、金を持っている、
いわばブルジョワであり、家を持ってもそのローンのために一生
奴隷のように働かなければならない、そうではなく、土地も建物もゼロで
生活できれば、豊かな暮らしになる、壊れない建物をつくのではなく、
壊れてもすぐにつくり直せる建物をつくるべきだと。
土地と家を持った瞬間に、成功と安心を得たように思うのは錯覚だという。
その前後に、建築に対する話がいろいろあったが、私は建築関係者では
ないのでほとんどよくわからない話だった。
建築家というのは、最終的には大きいものをつくりたいものらしい。
それはさておき、こういう話を聞いて、さて、自分も家を得ようと
している段になってきていて、いろいろ考えさせられる。
家というものは、所有しなくてももちろんいいものである。
多くの人が賃貸で暮らしている。
それは経済的な問題もあろうし、家を買うと人生が固定されてしまう、
身動きが取れなくなるという人もいるだろう。
所有する、しないにかかわらず、都市生活において、住居費の比重が
非常に重いということが、経済的に苦しくなってしまう最大要因だ。
都市で4人家族が生活しようとすると、最低10万円の家賃を
払わなくてはならない。もしくは、それと同等か、ちょっと安いかわりに
35年のローンを組むことを余儀なくされる。
坂口氏が著書で触れているように、生命維持に必要な衣食住のうち、
衣と食は、都市では余剰分を譲り受けることで、無料で手に入る。
しかし、住だけは余剰分が有効活用されておらず、
空室は増える一方なのに、高層マンションがどんどん建っている。
これは政策の失敗でもあるのだが、建設業界がつくり続けることで
しか成長できないビジネスモデルから抜け切れないせいでもある。
新築住宅の資産価値が買った瞬間に二割下がるなんていうのは日本だけで、
海外では中古住宅に手を入れ、ビンテージ住宅にすることで、
新築より高値で取引されるという。
ものを大事にする発想だから、建築廃材も少なく、環境負荷も小さい。
そんなことから最近では日本でもリフォーム市場が拡大しているわけだ。
とはいえ、まだまだ住居費の負担が大きい。
本当にどうにかならないものか。
結局、こういう話が最終的にいきつくところは資本主義なのだ。
資本主義である限り、物やサービスを得るにはお金が必要。
資本主義にかわる何かを発明できない限り、
いまあるシステムに乗っかって賢いやり方を考えるしかない。
そう考えると、現時点ではやはり衣食住には
それ相応のお金をかけるべきなのかもしれない。
衣も食も路上生活者たちは都市の余剰分を得ている。
それは彼らが社会に対して少数派だから可能なのであって、
彼らの数が多くなれば、余剰分の争奪戦が起こる。
余剰分に対しても誰かがお金を払っているのだし、
食べものも衣服も誰かがそれをつくっている。
つくっている人に、それ相応の対価が支払われねばなるまい。
資本主義である限り、これは絶対に逃れられないサイクルだ。
そうなると、住についても自分で建てられない人は
それ相応の対価を払うしかないということになる。


あと、家というのは、houseとしての機能だけでなく、homeとしての
機能があるということも忘れないようにしたい。
最近、廊下をなくして一体空間を多くとるようにしたり、
家のどこにいても家族の気配が感じられるようにしたりできる
デザインの家ができている。
これは建築家というより、住む人自身の発想なのではないかと思う。
こういうことをいままでは建築家は考えてこなかったと思う。
しかし、家族といえどもつながりが希薄になる現代社会で、
つながりを強めようとする人はそういう選択肢をとるわけだ。
災害に強い家も重要だけど、家はやっぱり家族みんなが安らげる
homeであってほしいと思う。