健康診断は新しいアトラクションだ!

「そんなはずじゃなかった!」
そう思わずにはいられなかった。
私にも召集令状が届いたのだ。
そう、今年35歳になるということで、
めでたくも健康診断を受けよとの書類が当局から送られてきたのだ。
会社内では私が最年少なので、年長者が診断結果に一喜一憂するのを
見ながら、鼻で笑っていた。
「まあ、年なんだからしょうがないじゃないですか、ハハッ!」
なのに、今度は自分がその立場になった。
とうとう「あっち側」の人間になってしまった。


12日午前、会社近くの医院に到着。
受付に名前を書く。
ロッカーで着替えしてこいと言われる。
パジャマと手術着を足して2で割ったようなものを着させられる。
待っているとほどなく呼ばれた。
最初は胸部レントゲン。次に心電図のようなものとる。
そして身長、体重の測定、視力、聴力の検査、採血も行なう。
医師の診察のあと、かなり待たされて胃腸のレントゲン撮影である。
胃腸のレントゲンではまず粉を緑の液体で流し込む。
これがたぶん炭酸のような役割をするもので、
胃の中を膨らます。そこへ白い液体を流し込む。
そう、世に言うバリウムである。
あの、悪名高きバリウムである。
「おれもバリウムのむようになったか」
と変な感慨に浸っている間もなく、技師から次々と指示がとぶ。
「仰向けになって」
「ちょっと右向いてください」
「そう、そのまま」
「向こう向きになってください」
左手にバリウム入りのコップを持ったままである。
ひとしきりやったあと、ついにご命令が下った。
「白いものを一気に全部飲んでください!」
飲む。結構、量多い!
「げっぷをしたくなったら、ツバで飲み込んでください!」
「コップを左に置いてください」
そっからがキツかった。
「右を向いて。ほんの少し!」
「今度は左です。そうです!」
「右から回ってうつ伏せになってください」
「少し倒れます。しっかりつかまっていてください!」
ここで、乗っていた台が傾いて頭が下になる。
白いものが逆流する。
こみ上げる、白いもの。
ツバを飲み込む。
「左周りに一回転してください!」
「そうです!そう!」
「今度は右回りに一回転してください」
「げっぷは我慢してください!」
「ちょっと右に。もう少し。はい、そうです」
これを永遠繰り返す。
右に左に、左に右に。上に下に、下に上に。
指示に気をとられていると、げっぷを我慢するのを忘れるし、
げっぷの我慢に気をとられていると、指示が聞こえなくなる。
「はい、終了です」
頭がなんだかクラクラしてきた。
終わったら即座にげっぷが出てきた。
ディ○ニーランドの新しいアトラクションかと思うぐらい過激だった。


技師が意外なことを言い出す。
「便秘するほうですか?」
「いいえ、どちらかというと便秘とは逆のほうです」
「これを終わったらすぐに飲んでください」
と、バリウムを出すために下剤を渡される。
「じゃあ、なんで聞いたん?」と呟いた、心の中で。
すぐに用意されていた水で下剤を流し込む。
下剤なんて飲んで大丈夫か。「便秘じゃないっていってるのに」
検査はそれで終了だった。
すべてが流れ作業であり、待たされる時間は少なかった。
それでも計1時間半程度かかった。
健康診断は産業になっており、私はラインに乗せられた商品なのだ。


胃腸レントゲンの直後から具合が悪くなった。
さかさまにされたせいか、頭がどんより重いし、ちょっと気持ち悪い。
会社に戻ってくると、あの技師はおれだけに意地悪したんじゃないかと
いう疑念が頭をもたげてきた。
「一回転して(フフ、回ってる、回ってる)」
「げっぷしないで(フフ、我慢してる、我慢してる)
といった具合に、人の苦しむ様子を見て、楽しんでいたに違いない!
だが、経験者に聞くと「みんなやってんの!」という。
どうやら私だけがやらされているわけではなかったのだ。
どうやらバリウムを胃の中で転がすために、ああするしかないのだという。
頭のクラクラがよくなってくると、今度は腹が痛くなってきた。
会社に戻るとすぐにトイレに駆け込んだ。
なおも腹の具合はおさまらない。
一日中、悶絶し、4,5回トイレに行った(尾篭な話でスミマセン)。
夜中にも起きてトイレに駆け込んだ。


医療関係者に切にお願いしたい。
あのぐるぐる回されるのとバリウム、どうにかしていただけませんかね。
これじゃ健康診断じゃなくて、不健康診断だよッ!
年取った人だと具合が悪くなって
最終的に死んじゃう人もいるんじゃないか。
「健康診断」が、「健康? 死んだん!?」になっては笑えない。
大人になるのは、いや、中年になるのも楽じゃない――。
そんな春の朝でした。