「他にあるんですか」 

ロバート・フォックスというアメリカの作家の短編小説に
「寓話」というタイトルの作品がある。
ある青年が新しい就職先を見つけ、初出勤の日、意気揚々と地下
鉄に乗り込む。青年はそこで若い娘とその母親と乗り合わせる。
青年はその若い娘に一目惚れしてしまう。
そこで監視役の母親がガードしようとする。
しかし、それをかいくぐり、青年は娘と話すことに成功する。
青年「好きになってしまいました」
娘「そんなこと急に言ったって、仕事は何をしてらっしゃるの?」
青年「今日、初出勤なんです。マンハッタンに行くんです。
 がんばって出世します」
娘「まあ、あなたが好き」
え〜、そうなん? ものすごく早い展開だ(じっさいは
もうちょっとやり取りがあるけれど)。
だが、娘は「結婚のことは母に相談しないと」という。
母親「車はお持ち?」
青年「今はまだ持ってませんが、大きなのを買います。家も」
母親「家を?」
青年「部屋数のおおいのをね」
母親「そうね、そうこなくちゃ」
これで母親の承諾は得たようであった。
青年は「お嬢さん、私と結婚してください!」と車内で
大声で叫ぶ。すると、娘が「はい」と応える。
なんと、二人は結婚の約束をしてしまったのだ。
これこそまさに「電車男」ではないか。
電車男」が何百ページにもわたってやったことを
この青年は3ページほどで成し遂げてしまったことになる。
次の会話には笑った。
母親「なんで娘と結婚したいの?」
青年「はあ、きれいな方で――あの、つまり、恋をしました」
母親「それだけ?」
青年「と思いますが。他にあるんですか?」
母親「いいえ――。ふつう、ないわね」
そりゃそうだ。他には何もない。
「寓話」を広辞苑で調べると「教訓または諷刺を含めたたとえ話」とある。
この話の教訓は、「結婚するのに『恋をしました』以外の理由は
いらない」ということではないだろうか。
青年は最後に言う。
「人生ってすばらしいですね」
小説ってすばらしいですね。