映画『ミリオンダラー・ベイビー』を観る 

アカデミー賞を獲ったこの作品、重い、重すぎる。
何がってテーマがことのほか重いんですよ。
家族とアメリカン・ドリームを描いた映画かと思っていたら
後半、ストーリーは思わぬ方向に。
ぼくはこの映画のテーマを「いかにして生きるか」というもの
ではないかと受け取った。
日頃から考えているどのように生き、どのように死ぬかと
いうことについて、この映画は率直に語りかけてくる。
何を職業にして生きていようと、そこになんらかの、自分なりの
意義を見つけ出し、それに向かって努力していくことが
「生きる」ということだと思う。
意義というと高尚なイメージだが、何も高尚でなくてもいい。
何らかの意味を見つけることで人は「生き」られる。
「ただ食べて、ただ生きる」それも「意味」だろう。
いま死んだら、
「私は生きた。思い通りに」
と言える人生が送れるだろうかと考えてみる。
どうしようもなく追いつめられていく人を見送るとき、
どっちか選べと言われたら、何も言えず、立ち尽くすと思う。
どっちかを選んでも、必ず「自分のエゴなのではないか」という
自問自答の日々はやってくる。
ただ、どちらかを選ばなければならない日がやってきたとき、
逃げないでどっちかを選び、結果を受け止め、
背負って生きていくしかない。
映画を見てそんなことを思ったのでした。