『「平穏死」のすすめ』

時代の要請で必然的に出てきた本という気がする。
この本では、主に終末期における胃瘻の弊害と、それに替わるケア、
臨終までのあり方を説いている。
書いているのは、世田谷区にある特養ホームに勤務する石飛幸三医師。
氏は長く外科医としてつとめ、晩年になってホームの担当医となる。
そこで見たのはかつて自分が手術して命を救ってきたような
年代の方たちの無残な最期だった。
多くが認知症を患い、口から栄養をとることができない人達が
胃瘻によって「生かされている」現実だった。
胃瘻は胃に孔をあけ、そこから栄養を直接胃に送り込む処置のこと。
これによって食事介助などのケアの手間が大幅に省くことができるため、
延命処置のひとつとして多くの医療現場で実践されている。
ところが、この胃瘻には問題があるという。
胃瘻によって過剰なカロリーを摂取し、体中がむくんで苦しむらしい。
そこで石飛氏は、胃瘻をやめるよう提案している。
口から食べられなくなったら、それは生物として終りが近いことを
意味するからだというのだ。
本ではホームで看取ったさまざまな入所者たちの実例を紹介しながら、
現在の考えに至った経緯を述べている。
紹介された実例のなかには、安らかに最期を迎えることができた
入所者の話も出てくる。これだけ見れば、胃瘻などせずに徐々に
摂取カロリーを減らしていき、眠るように死ぬことができる
「理想の死」のように思える。
しかし、ことは簡単ではない。
胃瘻をすれば、1年、2年と生きることができる。
それをしないのは医療の怠慢という考える医療従事者がいる。
家族も長く生きさせる方法がありながら、みすみす命を短くする
方法を選択することに抵抗がある。
現場の介護士たちも胃瘻をしないことで、最後まで口から食べさせようと
した結果、肺炎を引き起こすことを恐れている。
また、消極的安楽死という見方をする人もいる。
これらの問題について、一つひとつ丁寧に書いている。
著者が現場でこれらの問題に正面から向き合ってきたからこそ
いえる内容であり、共感できた。
意識もうろうの状態になれば、
胃瘻の処置を望むかどうか判断するのは家族である。
もし以前に胃瘻の処置を望むかどうか本人の意思が確認されていれば
まだしも、そうでない場合は家族が決断しなければならない。
そうならないように、家族で「そうなった場合に」どう対処するか
話しあっておくべきなのだ。
そして、胃瘻をしないと決めたら、どんなに病院側に勧められようとも
断固拒否する姿勢が必要だ。
断固拒否するには自分の生き方そのものを今一度考える必要がある。
どのような最期を迎えたいかを考えるべきなのだ。
本を読めば、これらのことを考えるよすがになると思う。
月並みな言い方だが、非常に考えさせられる良書だと思う。
人は必ず死ぬ。誰にも等しく直面する死の問題について考えるとき
ぜひ一読をお勧めしたい本です。