『FREE』

翻訳書で350ページの本で14万部という異例の売上げを
達成しているのが『FREE <無料>からお金を生み出す新戦略』だ。
デジタル社会における「無料」がどれだけ世の中に浸透しているか、
そのうえでどのように利益を上げていくかが書かれている。
この本ではアトム経済(物質経済)とビット経済(デジタル経済)を
厳然と区別し、ビット(0と1で構成されるデジタルの世界)製品は
遅かれ早かれ無料になり、アトム(原子:物質の世界)製品は
限りなく無料に近づいていくと説いている。
これはビット製品を生み出すコストがほぼゼロであるからであり、
アトム製品の場合はトランジスタの例を出して、
汎用化され大量生産されるとコストがゼロに近づいていくからだという。
この問題が最も深刻なのが音楽業界で、レコード会社はCDが売れない
ことで収益をあげられなくなり、稼げなくなったアーティストも多い。
しかし、一方で、無料で配布することで評判を獲得し、
ライブやグッズ販売で稼ぐアーティストもいる。
やがて無料になるものは初めから無料にしてしまい、
そこで得た注目や評判を利用して、別の方法で利益を上げている。
無料を利用して稼ぐ方法はこれだけではなく、よくもまあこれだけ
調べたなと思うほど、さまざまな無料ビジネスを紹介している。
どれもなかなかおもしろい工夫がなされていて感心する。


この本を読んでみたのは、やはり出版業界もこの「無料」との
競争に巻き込まれることが必須だからだ。
これからは本もアトムからビットへと移行する。
すでにビットの活字を商売として成り立たせている人もいる。
たとえば、電子書籍市場はマンガと官能小説が引っ張っている。
また、有料PDFで活字コンテンツを1万円とか2万円で
売っている人もいる。こうした人はすでに既存の出版社を通さず、
収益を上げていることになる。
複製コストがほぼゼロであるビット製品を1万円で売るのだから
儲からないはずがない。そこには情報の価値が見出されている。
(もちろん、「必ず儲かるパチンコ必勝法」のような怪しいものもある)
もし本当に1万円で売れるのなら100人が買ってくれれば、
執筆にかかるコストは十分に回収できる。
しかし、PDFファイルひとつに1万円を出す人はなかなかいない。
そこで私たちは100円とか200円でデジタルの活字を売ることを
考える。100円で1万人が買ってくれれば執筆コストを回収できる。
しかし、その後は無料になるだろう。
その後はどうなるのか。
作家は音楽家のようにライブを開くことはできない。
講演会とか朗読会を行うのか。グッズ販売も現実的ではない。
そこは作家の難しいところだ。
ただ、経営コンサルタントや弁護士などは書籍で儲けなくても
講演や電話相談で儲けることができるだろう。
本の著者は言う。


「フリーと競争するには、潤沢なものを素通りしてその近くで
希少なものを見つけることだ。(中略)人間が直接かかわる必要のある、
より複雑な問題解決に挑めばいい」
「フリーによって得た注目や評判を、どのように金銭に変えるかを
創造的に考えなければならない。その答えはひとりずつ違うはずだし、
(中略)その答えが通用しないときもあるだろう。
それは人生そのものとまったく同じだ」


儲からないのをフリーのせいにするのではなく、
フリーの構造を逆手にとって儲かる仕組みを考えるべきなのだ。
そのアーティストを嗜好するファンにとって
コンサートは希少なものだ。だから喜んでお金を払う。
医者や弁護士へ相談することはビット製品では解決できない。
人間が直接かかわる必要があるのだ。
このように考えてくると、やはりコンピュータができないことや
希少なスキルのある人でないと「フリー」に太刀打ちできない
ということなのだろうか。
どんな業界においてもフリーの概念は応用できるし、
競争相手になりうる。
読んでおいて損はない本だと感じた。