想像力と思いやり

改めて松井秀喜という人間の凄みを感じた。
アメリカの野球で大成するような人でありながら、
ここまで神経の細やかな人は今まで知らない。
彼の器の大きさを示すエピソードはいろいろあるが、
ぼくはこの話にもっとも感銘を受けました。
もうどこに書いてあった記事だか忘れたのだが、
こういう内容である。
彼がジャイアンツ時代のことだ。
ある記者が彼を中傷する記事を書いた。それを読んだ彼は、
「家庭のある人だし、家族を養うために必死なんだと思う。
今回のはおれが生きていけないようなものでないし。我慢するよ」
と言ったという。
しばらくして試合前のグラウンドで彼がその記者を見つけ、
近寄って声をかけた。
「今日は原稿できているの?」
記者が原稿に困っていることを知ると、彼はその日一日の状態を
記者に話した。ネタを提供したのだ。
穿った見方をする人なら、記者を取り込もうとした
クレバーなやり方だと言うかもしれない。
けれど、人の家庭のことまで想像し、ネタを提供するような思いやり
をもつことが、自分にできるかと問われれば間違いなく
「できない!」と断言する。
いまどき珍しい人です。
ニューヨークの人々にも親しまれている理由は
こんなところにもあるに違いない。