「楽しい」の中身 

「楽しい」の中身を考えないと、すれ違いは続く。

学校の部活とか仕事とかで、「楽しむことが大事」などというと、

「そういう甘っちょろい考えでは成果は出ない」

という反論が必ず来る。議論はかみ合わない。

それは「楽しむ」ということの中身が、双方で隔たりがあるからだ。

学校の部活とか仕事とかで、「楽しむことが大事」というときの

「楽しむ」というのは、何も冗談を言い合って笑ったり、

楽々とレクリエーションのようにやることではない。

努力した結果、自分の成長が感じられたり、

自分がどれだけできるか試した結果、よい成果が得られて充実感を得たとき。

それらを想像してワクワクしている状態。

やるべきことに没頭して夢中になっている状態。

これが「楽しい」の状態だ。

この状態になったとき、努力は苦しいものではなくなる。

心拍数が上がるようなしんどい練習も率先してやるようになる。

そうでなければ、アスリートがつらい練習を続けられるわけがない。

その意味で結果を出せるアスリートは競技を「楽しんで」いるのだ。

東京五輪で金メダルを取った柔道家の大野翔平選手は

「楽しいと思ったことはない」というが、

私から言わせれば十分楽しんでいるのである。

勝利を目指すのはそのほうがより楽しいからだ。

勝利を追求したほうがその競技をより楽しめるのは間違いない。

優劣を決めるということは、比べるということ。

比べなければ、自分が成長しているかどうかはわからない。

ただ、勝敗というのは、「楽しむ」ことの一要素でしかない。

だから勝敗「だけ」にこだわっていてはダメなのだ。

 

 

充実感が得られて、ワクワクして、夢中になる状態を

作り出すにはどうしたらいいか。

それは自分の頭で考えて行動することだ。

自主的、主体的、能動的であることだ。

組織のリーダーはメンバーがこのように行動できるような

環境づくりに注力するべきだ。