こんなもん

大学時代の野球部の同期と飲みにいったとき、
高校野球の監督をする彼に
「俺なんか生徒からナメられそう」といったら、
「熱いところがあるから、ナメられるというより、
今の子は引いちゃうかもね」
というのだった。
「熱いところがある」というのは、久しぶりに言われた。
先生だけによく人間を見ているなと思った。
かつてがむしゃらにやるのは、かっこ悪いという風潮があった
時代があった。いまでもそうなのかと思うが、かつてとはちょっと
違うんではないかという気もするのだ。
がむしゃらにやるのがかっこ悪いというより、
がむしゃらに本気出してやって、結果が出なかった自分を見るのが
怖いんじゃないのかなと思う
「自分ってこんなものなのか」と気づくことへの恐れ。
でも、それっていつかは絶対気づくんだよね。
いつか気づくんだったら、早めに本気出して、気づいたほうがいい。
とりあえずの「限界のようなもの」までいっちゃったほうがいい。
そこまで行ったら自分を受け入れる。
受け入れたところからが勝負だよね。
「こんなもん」の自分で勝負できるところはどこなのか。
「勝負できるところ」とは、場所なのか、自分の能力なのか、
また別の何かなのかは、わからないけど。
結果が出なかった自分は嫌っていうほど見てるけど、
それを自分の能力のせいと受け止めて、これからも続けるよ。