ドキュメント「出産」

「ねえ、ナースコールを押そうと思うんだけど・・・」
時計は、10月30日の午前1時40分ごろを指していた。


29日は普段どおりに出勤したものの、午後2時ごろに妻からの入院の
報告を受けて、会社を早退し、午後4時半には病院に入っていた。
部屋は個室だから、面会人も同じ部屋に寝泊りできる。
夜になって陣痛はあるものの、助産師さんは「まだ出産は先」と見て、
30日の朝になったら、陣痛促進剤を使うことを医師と相談して決めた。
「明日の話だな」と高をくくって、眠りについたが、
この妻の声で目覚めたわけだった。
ナースコールを押すと、すぐに助産師さんがやってきて、
「旦那さんは外で待っていて」という。
部屋を出て、所在なく立ち尽くす。
「女子は視聴覚室、男子は外でドッヂボール」状態である。
2分ぐらいして「お産になりそうです」と助産師さん。
子宮口が全開になっていたらしい。
妻はすぐにストレッチャーで分娩室に移動。
私はカメラと飲み物を持って、別室で待機するが、すぐに呼び出されて
分娩台に上がった妻を見ると、もうイキんでいる!
それが午前2時10分ぐらいだったか。
午前2時20分ごろに破水。勢いがよすぎて助産師さんが羊水を浴びる。
「勢いよかったねぇ。赤ちゃんが元気な証拠よ」と助産師さん。
午前2時半ごろには、「頭が見えてるよ」と助産師さん。
40分過ぎには赤ちゃんの頭が私からも見えた。
「がんばれ、がんばれ」と助産師さんと私。
そして、ついに午前2時50分に、わが子が姿を現したのだった。
2日前に、ナショナルジオグラフィックの「生命の誕生」を見たときは
頭が出てくるところが完全に写っていたので、衝撃を受けていた。
あんな狭いところから、頭が出てくるのだ。
人間の知能が発達して未熟な赤ちゃんも生きられるようになった半面、
人間の頭も大きくなって出産が困難になった。皮肉なものだ。
そんな予習のかいあって、生まれてきた赤ちゃんを見ても、
衝撃はなかった。なんだか、言いようのない不思議な感覚だった。
ただひとつ心配されたのは、ビデオで見た出産直後の赤ちゃんが
故宮澤喜一氏にそっくりだったので、「わが子も宮澤喜一似なのだろうか」
と思ったことだったが、それは杞憂に終わった。
狭い産道を通るとき細長くなった頭が、目に飛び込んできた。
取り上げられた赤ちゃんは、力いっぱいの声で泣いていた。
泣いていたというよりも、動物の鳴き声に近いものだった。
まさに「人間という動物の鳴き声」だった。
涙が出なかったかわりに、口が開いていた。
そうか、だからさんずいの「泣」ではなく、くちへんの「鳴」なのだ。
ヘソの緒が切られて、赤ちゃん用の体重計に乗せられた。
そこでまた大声で鳴いていた。
今まで温かくて安全なところにいたのに、羊水から出て、
初めて空気を吸い、初めて不安を感じているのだ。
「大変なところに出てきてしまった」とでも思ったのだろうか。
「よく来てくれたね」と言ったら、本人は「あぁ?」と返してくれた。
まだ耳も目もほとんど機能していないはずだが、
何かを感じ取ってくれただろうか。
2人で部屋に帰ってきても、興奮して2人とも眠れなかった。
出産時の痛みがどうだったか、妊娠がわかってからの8か月が
どうだったかなど話しているうちに、外は白々と夜が明けてきた。
5時ごろ眠って8時過ぎに起きたが、眠って起きて、また眠ったので、
あの出来事が夢ではないかとさえ思った。
昼前に会社に出勤するとき、新生児室の前を通ったら
眠っている横顔が見えてホッとした。
後日、初めて腕に抱いたら、ずっしりと重かった。
体重とか責任とかそういうものを感じたのかもしれないけれど、なにしろ
何もないところから、ここまで大きくなったのが不思議でならなかった。
普段、頭で考える理屈の想像を超えたところに
この出来事があるような気がしてならなかった。
これまでいろんな人と会ったが、これほど身近に感じる人はいない。
彼女はどんな人生を送るのだろう。
贅沢はいわない、美人で聡明であれば。
それは冗談だけど、まあ、生きていてくれさえすればそれでいい。
そのためにオトウサンもがんばります。