人を信じる 

久しぶりにいい話だった。

沖縄の高校生が6万円を返した話だ。

その高校生は故郷の与那国島の出身で、

高校進学のために沖縄本島に住んでいたのだろう。

身内の葬式に向かおうと、モノレールから

那覇空港に向かった。

空港で財布を落としたことに気付く。

途方に暮れているところに、

母親の故郷である沖縄を訪れていた

68歳の男性が声をかけた。

聞けば、財布を落としたという。

いくつか解決策を提示したが、

時間がないという。

そこで男性は6万円を貸して、

高校生を急がせたのだった。

急いでいたため、連絡先を聞かなかった高校生が

次に取った行動は、地元の新聞社に

この男性を探しているという記事を出してもらうよう

頼むことだった。

記事を見た男性は埼玉の出身で、自宅に戻ってから

このことを知り、再度、沖縄に飛んで再会したのだった。

財布は中身もそのまま戻ってきたという。

財布をそのまま届けた人、記事を載せることを決断した

新聞社の人たちも、このドラマのわき役だった。

 

 

この話を聞いて思い出したのが、

『世界でいちばん小さな歯車を作った会社』という本を

つくったときの著者の松浦元男社長さんの話。

かつて松浦さんは、高校生のとき、アルバイト先で

社員の人に「高校に行きたいなあ」とつぶやいた。

すると、その人は「あとで返せばいいから、

おれが貸してやる」といって貸してくれたのだそう。

高校の学費だから、今の貨幣価値なら数十万。

安い額ではない。

アルバイトの高校生だから、いつ音信不通になるかも

わからない。

松浦さんはいう。

「なんの実績もない若いだけの私を、何の疑いもなく

信じて支えてくれた」

お金を貸してくれたのは、のちに精文館書店の社長となる

木和田寛二さんだった。(現在は長男の泰正氏が代表)

これをきっかけに松浦さんは人の善意を

信じられるようになったというのである。

松浦さんの会社では、当時から先着順で社員を採用していた。

若いだけで何の実績もない人を、何の疑いもなく信じて

育ててきた。

それは自身も若いころに受けた恩に対する

恩返しの意味もあるのかもしれない。

 

 

あの高校生は、6万円以上に大切なものを得た。

それは人を信じることは、悪いことではないということだ。