「シャッターアイランド」

レオナルド・ディカプリオとスコセッシ監督が4度目のタッグを組んで
お送りする、ホラー&ヒューマン映画である。
主人公の保安官テディが重大な罪を犯した精神病院施設のある孤島に、
3人の我が子を殺した患者の失踪事件の調査のためにやってくる。
しかし、本当は自分の妻を放火によって殺したレディスと言う犯人を
探し出し、この精神病院の〝ある秘密〟を解き明かすことだった。
・・・という映画だと思って見ていた。
(ここからネタバレ注意)
ところが、最後の方で、実はテディ(ディカプリオ)こそが
精神の病気を抱えるこの病院の患者で、映画の大半は彼の妄想だった
ことが明かされる。
実は、3人の子殺しの患者などいなかった。
それどころか、3人のわが子を殺したのはテディの妻で、
そのことに憤怒したテディが妻を銃殺したのでした。
そのやりきれない過去を消し去るために、テディが自身でつくったのが
「自分は保安官で、妻殺しの男を見つけ、精神病院の秘密を暴く」
という虚構でした。
「最初からオチがわかった」という評論家然とした輩とは違い、
私は「気持ちよくだましてよ」と思うたちなので、
この手のオチは大好きでした。
ただ、もうちょっと妄想の部分の映像表現をわかりやすくして
くれるとよかったかなあと思う。
たとえば、「シックスセンス」では少年が幽霊を見るシーンでは
画面が白っぽくなっていて、「他の人には幽霊が見えてないんだな」
ということが歴然とわかるようになっていた。
あとで思い返したとき、「あれとあれが妄想で、あれとあれは現実なのね」
という判別がつかず、どのようにも受け取れてしまう。
精神の病気といってもいろいろあって、それぞれに症状も違えば、
対処法も違うのだけど、妄想というのは現実を受け入れたから
治るというものではないと思う。
その点ちょっとしっくりこないものはあるのだけど、
「自分が思っている世界は、他者が思っている世界とは違う」
ということを認識することは恐怖以外の何ものでもないだろうと思った。
精神の病気の人も、程度の差はあれど、自分の思う世界と
他者の思う世界が違うことに恐怖するのは、病気でない人と同じだ。
こういう類の映画は、認知症患者の話にもできるかもしれない。
映画の7割は認知症患者がつくった虚構の世界で見せておき、
残り3割で認知症患者が現実に気付くという。
「もしこの世界が自分の妄想だったら?」と考えるだけで
怖くないですか?
そういうとだいたいの人は笑うのだけど、精神の病気や、認知症
人にとっては現実に恐怖なのですよ。
そしてそれらの病は、いつ自分がなるとも限らないものなのだから。
そんなことを考えさせてくれる映画です。
怖いだけではない映画ですよ。