置かれていたスリッパ

午後10時すぎ、自宅マンションのドアを開けたとき、
私がいつも部屋を歩くときに使っているスリッパが
上がりかまちのところに少し斜めになって置かれていた。


「嫁さんが置いてくれたんだな。いいことしてくれるじゃん。
なんなら、もうちょっと揃えておいてくれたらよかったのに」


11時過ぎに風呂に入っていると、脱衣所から声がする。
嫁さんの声だ。


「今日ね、絢南(娘)がスリッパで遊んでたのよ。
私のスリッパとあなたのを片方ずつもって
洗面台のほうに持ってきてた。
私が『それはお父さんのだから、玄関に持っていって。
あっちに』って言ってたら、ほんとに持っていってたよ。
あの玄関に置いてたスリッパは絢南が持っていったのよ」


なかなか泣ける話だ。
こっちが体力の低下を嘆いている間に
あっちはどんどん成長している。
まだまだヨチヨチ歩きだとばかり思っていたけど、
そんなことができるようになったとは。
父親がどんなものかはまだわからなくても、
自分とかなり近しいらしい人が、毎朝玄関から出て行き、
また朝起きると飯を食べさせてくれることはわかっていて、
どうやら自分が眠ったあとに帰ってくるらしいことも
わかっている、ということなのだろうか。
いま1歳と1か月だが、このころの子供の脳は、
言語を理解できるという。言葉をしゃべる舌の機能は、
だいぶ後になって発達するらしい。
まだ「お父さん」とも言わないけれど、
こっちが言うことはわかったうえで行動に反映できる。
「お仕事お疲れさま」という気持ちから出たものではないとしても、
娘の気持ちと成長を感じられたことで、風呂の温かさも手伝って
なんだかほっこりとあたたかい気持ちになったのでした。