大石太さんという人

不思議なことがあるものだ。
というか、不可思議なことがあった。
以前、私はホームレスに関するある本を執筆し、出版したことがあった。
ある上野のホームレスを取材し、本人の一人称で書いたものだ。
この本を出してからすぐに「大石太」さんという方から
お便りがあった。私を激励する内容であった。
何度が手紙をやりとりして、そのうち彼が自費出版の句集を
送ってくれるようになった。それが4,5冊ある。
内容は自身がホームレスであって、それを自虐的に扱ったものだ。
しかし、私の筆不精のため、何度かのやりとりのあと
音信は途絶えてしまっていた。
そんなことがあってからしばらくして、ホームレスを取材している
ある男性(Sさん)から例の句集について「こんなのがあるの知ってる?」
と問われたことがあった。
私は「あッ、あのときの句集だ」と思った。
彼もホームレスを取材していて「大石太」の存在を知っていたようだった。
それからまたしばらくして、何気なくネット見ていると、
ある女性ライター(Kさん)が書いたホームレス本が目にとまり、
その女性ライターの日記にたどり着いた。
そこにはなんと「大石太」さんとの手紙のやりとりなどの経緯が
書かれてあった。彼女はホームレス本を書いてから、彼とやりとりが
はじまったらしかった。私と同じだ。
しかも、その日記には「大石太」さんは亡くなったと書いてあった。
私は自分も「大石太」さんとのやりとりがあったことを彼女に告げ、
私とSさんとKさんは一度会うことにした。
私としては「大石太」さんとのことについて聞いてみたかったからだ。
どうやらホームレスについてある程度、取材した者なら、
誰でも「大石太」さんについて多少なりとも接触があったらしい。
Kさんのもとには「大石太」さんから多くの本が送られてきていた。
「大石太」さんはホームレスを装っていながら、なぜこんなにも多くの
本が買えたのか。しかも古い本でも保存状態がかなりいい。
しだいに私は「大石太」さんは、ホームレスではなく、そもそも存在さえ
しない人物なのではないかという気がしてきた。
もしくは、何かの理由で誰かがペンネームとして「大石太」の名を語り、
何かの理由で亡くなったことにしたのではないかと思った。
みんなが「大石太」という人物を知りながら、誰も会ったものはなく、
その実体もわからない。
こんな不可思議なことがあっていいものか。
なぜ彼は私やKさんに書簡を送り、本を寄贈し、叱咤激励したのか。
彼の本意はどこにあったのか。
もし何か情報をお待ちの方は、ご提供いただければと思います。