校長の失言? その2

寺井校長の発言は、私は問題ないと思ったのだが、
ここでちょっと別の角度から考えてみたい。
テレビのコメンテーターも「問題発言」という主旨の発言をしており、
私は唖然とした。
この校長発言を受けて、市の教育委員会は処分を検討しているという。
校長が生徒に向けて、個人の見解を表現したのになぜそうなるのかな。
教育委員会がやることは、
逆にマスコミからこの校長を守ってやることだ。
そうでないと、校長や教師は、自分の見解を言えなくなるよ。
校長や教師は文科省の通達とか、学習指導要領に書いてある
ことしか言えなくなる。
先生というのは、子どもたちに一番身近な他人の大人として、
自分の理想を語るべきだ。
「先生はこう思うが、みんなはどう思うか。違うと思ったら、
ぜひ先生と語り合おう」
中学生ぐらいになったら、こういう先生に私は教えてもらいたい。
中学生にもなったら先生の言っていることなんか
「そんなわけないだろ」と思う子も出てくる。それでいいのだ。
だから、校長や教師は自説を述べればよい。
やってはいけないのは、自分の上司である県や市が決めたことを
無視したり、サボタージュしたりすること。
それと、権力を使って「べき論」に生徒を従わせることだ。
「教育者は価値観の強要をしてはならない」と的外れな意見もあるが、
「強要」というのは、権力を背景にしてこそ成り立つ。
権力というのは、2つあって制裁を加える場合と暴力の場合とがある。
制裁とは、謹慎とか退学だ。
政治信条とか宗教など、憲法で保障されている基本的人権
阻害することを、権力を背景に(退学させるぞなどと脅して)従わせる
ということは絶対にあってはいけない。
パワハラ」なども権力を背景にした圧力でない限り、
本来は「ハラスメント」にはならない。
「将来は子どもを2人以上産むことが大切」というのは、
将来の話なので権力の行使をしようがないし、
「べき」とか、「なければならない」と言ってもいない。
単に「大切なこと」として述べているので、まったく問題ない。
「大切」に考えていることは、人それぞれ違って当然。
この校長は、自分が大切だと思っていることを生徒に言って聞かせただけ。
生徒は、「私が大切に思っていることとは違う」と思ったかもしれないが、
それでいいのだ。そういう生徒は校長室に行って、校長と議論したらいい。
校長や先生が自由な発言ができ、それについて生徒と自由に議論できる
ような学校であってほしい。