「認められている」ということ

人間の尊厳は、自己承認欲求にかかわる。
自己承認欲求とは、自分が役に立つ人間として、
認められているかどうかということだ。
他者から認められれば、尊厳は保たれる。
その認めてもらう手段としては、二つの要素がある。
それは労働と金銭である。
労働とは、働いて誰かから感謝されることがあると、
自己承認欲求は満たされる。
金銭とは、いい客ととして認められるということだ。
どちらかで自己承認欲求を満たされなくてはならない。
だが、いまは仕事があまりにも細分化されていて、
働いても、自分の働きがどのように社会に影響を与えるか
わかりにくいし、ビジネスの相手から感謝されることも少ない。
だから、そういう人が一般消費者になったとき、
客として尊重されていないと感じると、激高して
クレーマーになったりする。
一方、労働で自己承認欲求を得られている人は、
「客」の立場で自己承認される必要はない。
食堂を切り盛りする80歳以上のおばあちゃんが
元気なのは、客から毎日「ありがとう、おいしかったよ」
ごちそうさん!」と言ってもらえるからだろう。
やはり腹を満たすというのは、生物にとって一番の幸福の瞬間だからね。
自分が「認められている」と思えることがどんなに大切か。
そういう仕事ばかりになれば、世の中はいまよりずっと
ギスギスしなくなるのにね。