認知症のことを扱った記事やテレビ番組をよく見ている。
認知症が問題になったのは、長寿社会になったから。
昔は体のほうが先に弱って死んでいたのだけど、
長寿になって体は元気だけど脳のほうに問題が出るようになった。
私は自然界の生態系の話が好きなのだけど、生態系の話をすると
必ず進化の話になっていく。
すると、人間はどうやって感覚器を育てていったか、
脳や神経の仕組みを獲得していったかという話になり、
感覚器や脳や神経がどう人間らしさをつくっているかを勉強できる。
すると、人間が赤ちゃんのころからどのように成長していくか、
また年をとってどのように衰えていくかがよくわかるのだ。
だから、私が興味のある自然界の生態系の話、進化の話、
育児の話、認知症の話、障害者の話というのは、
私のなかで全部つながっているのだ。
認知症を発症すると、何もわからなくなってしまうのではなく、
だんだんとできたことができなくなっていくだけであって、
認知症と診断された人でも残された機能で、
必要な役割を果たすことができることがわかってきた。
要は、社会に「残された機能を使って役割を果たせる場所」
があればいいわけだ。
これは高齢者とか障害者にも言える。
そして、このことは大きくとらえれば、認知症患者、障害者、高齢者
だけでなく、すべての人にとっての「向き不向き」と同じものになる。
本来は、仕事に人間を合わせるのではなく、
人間に仕事を合わせるべきだろう。
「残された機能で何かできることはないか」
このことをもっと考える必要がある。
そういう仕事をもっとつくる必要がある。
そうすれば、ある機能を失った人も社会に居場所ができる。
生き生きと人生を送れるはずなのだ。