『社畜のススメ』

この本は、最近流行りの「意識の高い社員」「個性を発揮して、やりたい仕事を」
といった新入社員や若手社員に心地のいい言説に対するアンチテーゼとして
あえて「社畜」という言葉を使って警鐘を鳴らす本である。
この本は、私が常日頃思っていることを明快に説明してくれている。
能楽を大成させた世阿弥は、「守破離」という上達のレベルがあると説いた。
「守」は、師に教えられたとおりの形を忠実に守る、
「破」は、「守」で身に付けた形に自分なりの応用を加える、
「離」は、これまでの形にとらわれず、自由な境地に至る
というものだ。
サラリーマンもまったくこれと同じで、「守」の段階にいる若手サラリーマンが、
「個性を発揮して独創的な発想でイノベーションを起こす」
ことは不可能だということを言っている。
「守」のレベルでは徹底的に社畜になるべきで、
最初から個性を発揮しようとすると、「孤性」になるという。
私もまったく同感だ。
私は毎年来るインターン生にいう。
「これからは新聞なんて読んでちゃいけない、なんていう
ビジネス書の著者がいるが、それは散々新聞を読んだ人だから、
他の情報源からも情報を取れるのであって、あなたたちはまずは
しっかり新聞を読みなさい」
ビジネス書などは、「離」にいる段階の人向けの本であっても
間口を広げるために、若手サラリーマンにも向いているかのように
宣伝するので、勘違いするサラリーマンが出てくる。
また、別のエピソードでは著者が読んだ本の中から感銘を受けた
エピソードを人に紹介したら、全然響かなかったという。
これも当たり前のことで、私が取材したある大学の講師も務める
社長さんは、
「学生には目に見えないフィルターがかかっているから、
これが取り払われない限り、どんなにいい話をしても響かない」
と言っていた。
この本の著者は「目線が違うから、素直に受け止められない」
と言っている。
そうなのだ。
これは子どもの教育にもまったく当てはまる。
先日も書いたが、子どもには成長の段階があるので、
最初から「思い通りにやってごらん」「個性を発揮すればいい」
はやってはいけない。
最初は基本の形を徹底的に教える。そのほうが効率的だからだ。
鉄棒の逆上がりのやり方を自分で考えて、独自に編み出した方法で
成功させろというのは無茶だし、時間の無駄だ。
まずは基本の形を教えること。
だからといって人間は型にはまった人間なんかにならない。
子どもは飽き足らなくなって、自然と自分で工夫して別の方法を考える。
先日、妻の甥っ子(小学1年生)が妻の実家に遊びに来たとき、
自分で内容を考えたかるたを彼の祖母と一緒につくっていた。
そういうことが大事なのだ。
かるたそのものを知らない子に、こういう真似はできない。
本のタイトルは『社畜のススメ』だが、一生歯車として過ごせ
といっているのではなく、最初は「社畜」を極めようとするほうが
成長が早いということを言っているのだ。
流行りの自己啓発本を読みすぎて、なんだか違和感を覚えたときに
手にとるとよい本である。