リアルを求めて

facebookなんか俺はやんない」といってた人が
周囲の流れに抗いきれなくて、ついにはじめちゃったりする話を聞いた。
私も1、2年前くらいに始めたところだが、
友達申請を受けるだけで何もしていない。
この匿名ブログとは連動させないようにして、
「実名でさらす情報」と「匿名でさらす情報」を使い分けている。
CMで人気女優が「ブログにつぶやき、しょーもない」みたいなこと言っているけど、
ブログをやっておきながら、どこか共感するところがある。
私なぞ、相手からメールが返ってこなくでもどうってことないし、
SNSの友達数が、誰かと比べて少ないと悲観することもない。
友達数を見て、「俺って孤独じゃない」と安堵することはない。
ただ、つながりは持っていたい。
群がるのではなくて、私を知る人がいて、私に対して働きかけを
してくれるから私が生きていることを実感できるのであって、
そういうことがなくなったら、この世はすべて幻であって、この世は、
どこかのコンピュータが考え出した妄想なのかもしれないとさえ
思ってしまうかもしれない。
それほど、今はリアルな生に触れることの乏しい時代に
生きざるを得ないのだ。
生きている多くの時間を、森や自然や、人の顔を見て過ごすのではなく、
パソコンやテレビやスマホのモニターから発せられる電気的な光を見て過ごすのは、
明らかに不自然な生き方だと思う。
みんなね、本当は、物事や誰かに本気でぶつかっていって、
悩んだり、喜んだり、怒ったりしたいんだよね。
そうでないと、自分が生きてる実感が得られないから。
でも、リアルな生に触れることが難しいから、
たとえ画面上だけのことであってもつながりを得たいのですよ。
そこでせめてもの生を感じたいのですよ。
生(ナマ)のものを見たり、聞いたり、触ったりして、
生(セイ)を感じられるような生活を心がけようと思う。