おばちゃんの脅威の記憶力

名古屋に満留賀という蕎麦屋さんがある。
知る人ぞ知る有名店だ。
今回、名古屋出張を機に行ってみた。
この店、いろいろと珍しい点はあるのだが、まず看板がない。
営業中という木札がかかっているのみ。
恐る恐る入ってみると、コの字型のカウンターのみ、15席ぐらいか。
その座席の周りに待つ人が座る椅子が並べられてある。
入ってみると、待っている人がてんでばらばらに座っている。
普通、待っている順番に座る椅子をずれていくものだが、
ばらばらに座っているようにしか見えない。
私は瞬時に、「ははん、自分の順番を覚えておけってんだな」と
店主の挑戦と受け取った。
私は、自分の番が7番目だと認識した。やがて、
コの字型の1人が立つと、「おれだ」とばかりに待っている人が立ち上がる。
2人、3人……、5、6人、「次だ、おれだ」とばかりすっくと立ち上がる
と向こうでも立つ人がいる。
そして、その人は空いた席へ歩を進める。
私は、「おえっ? おれじゃなーの?」という表情で彼に抗議の目線を送る。
しかし、敵もさるもの、「え? おれのはずだよ」という表情で返す。
「あ、あーそうなん」という体で、所在無く、彼の座っていた椅子へ。
「どうぞどうぞ」なんてやるのは、むこうさんからしたら
「いや、別におれの番だから」といわれそうだったからやめた。
そうやってへげもげしているうちに、コの字型のカウンターに座る。
店は60代と思しき夫婦がやっており、
おばちゃんがコの字を行ったり来たりしている。
私は、この店に来る男性客のほとんどが注文するという、
カツ丼(400円)とたぬきそば(300円)をオーダー。
おばちゃんは何も記録することなく、奥の主人に声をかける。
見ていると、カツ丼とたぬきそばをバラバラに、できた順に運ぶ。
そのため、カツ丼をやっつけ終わってから、そばに取り掛かる人もいる。
このタイムラグをどうしたものか。
それはカツ丼をゆっくり食べるしかない。
ゆっくりカツ丼を食べていると、そばがやってきた。
カツ丼を3分の1残したところでやってきたから助かった。
おばちゃんを見ていると、バラバラの注文を脅威の記憶力で、次々に
裁いていく。よくもまあ、すべての注文を覚えて間違えずに運べるものだ。
常連客の友人に聞けば、たまに碁石などを置いて、注文を厨房とやりとり
していることもあるらしいが、普通は覚えてやっているらしい。
たまに間違えても「来たものを食べる」のが常連の作法なのだとか。
「あー、おれ冷やしたぬきそばを頼んだんだけど」と指摘する
ような人は常連客から「わかってないやつ」の烙印を押されるのだ。
値段のわりに味、分量とも満足できた。
みなさんも名古屋に行ったおりにはぜひどうぞ。