「誰があんなことを!」
事務所に到着するなり、今朝起こった〝事件〟で話はもちきりだった。
現代の世の中では到底予想だにできないことが起こったのだ。
第一発見者は事務所内の同じ部屋で仕事をしている編集Tさん。
彼はいつも7時半ごろに事務所にやってきて、すぐに帰る。
次に来たのはわが社のKさん。その次に来たのがMさんであった。
4階建てのビルの2、3階部分の階段に〝犯人〟の遺留品があった。
その遺留品こそが〝事件〟であった。
KさんとMさんは共同でその遺留品の処理にあたった。
ビニールでそれをわしづかみにし、うやうやしくトイレに直行し、
水で流したのだ。
そう、その遺留品とは、うんこだった!
9時に事務所にやってきてその話を聞いた私は瞬時に思った。
「大家さんが飼っている犬の仕業じゃないんですか?!」
しかし、K氏が強行に反対する。
「いや、あれは絶対に人のものだ。間違いなく人糞である!」
M氏もそれに同調する。
「しかも俺みたいにお腹がゆるい人じゃなくて、腸が元気な人のものだ!」
というのである。
大家さんにも通報したところ、その日は午前7時前に業者の掃除が
入っており、7時には終えているという。
Tさんが来たのが7時半から8時の間である。
ということは、掃除が終わった7時から8時の間に犯行が
行なわれたということになる。
しかも処理した当時、「まだ少し温かかった」というK氏の証言と
総合すると、何者かが何らかの意図をもって犯行に及んだものと思われる。
しかも捜査を混乱させるためか、1つの段にまとめて置かれてはおらず、
2つの段にわたって、1個、2個という具合に計3つの遺留品を
遺している。かなり手の混んだ犯行である。
しかもビル入口には防犯カメラがあるが、2,3階の階段にはない。
内部事情をよく知る者である可能性がある。
もしくはK氏とM氏が共謀し、犬糞であるものを人糞であると
口裏を合わせておもしろがっているのか。
K氏とM氏が〝愉快犯〟ではないのか。
いろいろなことが考えられる。
人糞であるとすると、何のためにやったのか。
怨恨か、金か。それとも恋愛事情のもつれか。謎は深まるばかりだ。
K氏とM氏は事務所内のメンバーが来るたびにその様子を喜々として
話し、誰かが笑ってくれると、満足そうな顔をするのであった。
その日、M氏は「?うん?がついているはずだから宝くじ買いにいこう」
と、実際に売り場に走ったのであった。