『死体とご遺体』

おくりびと」を観て、会社の自分の書棚にある本が
眠っていたのを思い出した。
タイトルは『死体とご遺体』。
著者の熊田氏はもともとCM制作会社の社長さんだった方で、
バブルの頃はそうとう儲かったらしいが、バブルがはじけると
だんだん仕事がなくなっていき、ついには2000万円の借金と
ともに会社は倒産に追い込まれる。
次に介護の入浴サービスの仕事をはじめ、「もっと見入りのいい仕事に」
というわけで湯灌サービス業に踏み出した。
以来、奥さんと一緒に4000体の遺体をお世話してきたという。
湯灌サービスとは、死者を納棺する前にお湯につけて洗うこと。
アルコールをしみこませた脱脂綿や、ぬらしたタオルなどで
体を拭く場面が「おくりびと」に出て来るが、
それも湯灌のひとつの方法であるようだ。
納棺師と湯灌師は仕事的にほぼ同じだが、違うのは、
湯灌は死化粧を行わず、メイク専門の人がやるということぐらいか。
この本では、死生観とか仕事のやりがいなどを感情的にならずに書き、
湯灌という仕事をたんたんとビジネスライクに説明している。
そこが物足りない部分ではあったが、同時に好感を持った。
湯灌について述べた氏の最初の著作としては
とても冷静なスタンスだと思ったからだ。


最近、よく思うのだが、その仕事が続けられるかどうかって、
最初にあまり高尚なやりがいとかをもって望まないほうが
いいのではないかということ。
この人は、湯灌という仕事を「死者の旅立ちのお手伝い」ができる
やりがいのある仕事とは毛頭思っていなかった。
もちろん、さげすんでもいない。
ただ、借金を返すためのビジネスと考えていた。
しかし、やっているうちにやりがいを見つけていく。
いいイメージばかりを持ってスタートすると、
現実とのギャップが大きいという理由もあろう。


本の後半になると、現実がいやというほど書かれてあり、
読むのが少々つらくなってくる。
そんななかでも印象的だったのが、
湯灌をやっている最中の遺族の様子の変化だ。
最初に遺体のある部屋に入って作業をはじめると、
「どこぞの業者の人が大切な家族をいじくりまわしている」といった
雰囲気だったのが、作業を進めて行くうちに遺族と「ノリ」が合ってきて、
気持ちが共振し、高揚してくるというのである。
そして、最終的には「こんなにきれいにしてくれてありがとう」と
手を握って感謝されるのだという。
つまり、湯灌というのは「癒し」の作業だというのである。


この本を読むと、いつかこういう仕事を目の当たりにすることが
あったとき、すんなりと理解できるのではないか。
納棺夫日記』も機会があれば読んでみたい。
ちなみに、新聞報道などでは「死体」は身元がわからないときに使い、
身元が判明すると「遺体」となる。
川原で見つかるのは「死体」であり、
無言の帰宅をするのは「遺体」である。