新しいイス取りゲーム 〜限りある資源を上手に使うこと〜

人生や生き方について、勝ち負けが言われるように
なったのはいつからだろうか。
バブル経済が崩壊し、長い冬の時代を経験した九〇年代の後半から
貧富の差が拡大しはじめたと言われている。
このころから、日本人の中に〝勝ち組〟〝負け組〟の
考え方が浸透していった。
ITバブルが崩壊するまで、景気のよかったIT企業は
すべからく勝ち組と評され、それ以外の業種は軒並み負け組といわれた。
ここ1年ぐらいは景気は回復してきたといわれるが、貧富の格差に
歯止めがかかったとはいまのところいえない。
さらに勝ち負けがはっきりするようになるとメディアは論じている。
いまの資本主義経済は、勝ったものは残り、負けたものは
退場するという、永遠に続くイス取りゲームのようなものだ。
企業のM&Aがその最たるものであろう。
アメリカのそれぞれの業界は、ほとんどが2,3社で構成されている。
M&Aが繰り返されて、小さな資本が大きな資本に吸収された結果だ。
いち早く儲かるイスに飛びついたものだけが生き残り、
そのほかのものは退場を余儀なくされる。
スピードが要求されるのもイス取りゲームと一緒である。
私が影響を受けたアメリカの作家・エッセイストである
ロバート・フルガムがこんな話をしている。
彼は学校の先生だった時代に、生徒とイス取りゲームをした。
最初は通常のルールで、次に音楽が止まるたびにイスだけを取る
というルールで行った。
当然、人は減らないでイスが減るので、座れない人が出てくる。
そういうときは、他の人のひざの上に座っていく。
難しかったが、みんな照れながらもなんとか座ることができた。
最初のルールで勝利した者は、戸惑った。
このルールでは、どこに勝利を見出していいかわからなかったからだ。
これを繰り返していくと、最後にはイスだけがなくなる。
それでも全員が座れる方法がある。
全員が輪になり、前の人の肩をつかむ、そして、せーので、
後の人の膝の上に座り、自分の膝には前の人を座らせるのである。
かくしてイスのないイス取りゲームは成功した。
1人の退場者を出すこともなく、全員がゲームに参加し、
最後までやり遂げることができた。
この世の中も同じことで、工夫と努力しだいで、限りある資源を
協力してみんなで使い、1人の退場者を出すこともなく、
「キープ・プレイング」できることが可能であることを
このゲームは示している。
新しいイス取りゲームは、誰かが勝ち組で、誰かが負け組み
というのではなく、誰もが共存しつつも持続可能な生活をする
ことができることの示唆となっている。
現在のような殺伐とした資本主義ではなく、
どこか遊びのある経済のあり方がないものか。