何かできることがあるか

最寄り駅までの通勤道で、いつも2〜3人のホームレスを見かける。
そのうち、自宅近くの線路の下を通る薄暗い通路に〝居〟を構えている
ひとりのホームレスの様子がどうもおかしい。
いつも朝はその住居にはおらず、たまに散歩している彼とすれ違う。
ところが、ここ2,3日は朝も床に伏せていることが多い。
大丈夫かなと思う。
先日など、朝とまったく同じ姿で寝ているのを夜に見た。
ただ疲れて眠っているだけかもしれないけれど、なんとなく気になる。
春になって気温が上がったとはいえ、ホームレスの生活は
いつも死と隣り合わせだ。
彼が死んだら気づくのだろうか。
しばらくは誰も気づかないような気がする。
こういうとき、何かできることがあるだろうか。
いつ、どのタイミングで声をかけたらいいのだろう。
声をかける勇気が自分にあるだろうか?


思い出したことがある。
いつだったか、夏のとても暑い日のこと。長野にドライブに行った
ときのことだ。当時、交際していた女性が同乗していた。
信号待ちをしていた私たちの車にホームレスふうの女性が近寄ってきた。
私は彼女が怖がるだろうと思い、その女性を避けて車を発進させよう
とした。
すると、彼女が車の窓を開け、「どうしたんですか?」と問う。
女性はどうやら岡谷方面に行きたいらしく、乗せて欲しいと言った。
あいにく私たちは帰路の途中で、方向が違っていた。彼女は、
「そっちには行かないんです。ごめんなさい」と言い、私たちは
そこから走り去った。
私は自分の非情を恥じた。
「彼女が怖がるなんて理由は嘘だ。おれはあのホームレスから
逃げたかったのだ」と思った。「結局、おれはそういうやつなのだ」と。


それからしばらくして、ライターとしてホームレスを
取材する機会を得て、彼らの生活を垣間見た。
彼らにもさまざまな人がいて、とても「ホームレス」などという
一言では括れないことを知った。もちろん、ここではそうした定義など
について詳しくは触れないが。
ただ、そういうことを学んだ今でも気安くホームレスに話しかけること
などできるはずがない。
なぜなら、「勇気がない」し、「偏見の持ち主」だからだ。
ホームレスの取材をして学んだことは、「人の不幸に無関心でない」
ことが大切だということだ。
だからせめて、「無関心」ではないつもりでいる。
自分にできることがないか。
彼に何もなければいいのだが。