神田で『神田川』を歌う

東京を中心にフォーク酒場というものが何軒かあるのを
聞きつけ、取材することになったんです。
取材はぼくが担当ではなかったが、同行することにしました。
そのフォーク酒場は神田駅のそばにあった。
フォーク酒場とは、フォークしか使ってはいけない、
洋風居酒屋のことじゃない。
要は、フォークソングを自分で演奏して歌えるバーなんですね。
フォークといえば、70年代に流行したやつで、
代表的なところでいくと、『なごり雪』、『心の旅』、『結婚しようよ』
などで、吉田拓郎氏が象徴的存在だ。
9時半ごろ店に着くと、もう満員状態。
無理やり席を空けてもらって座った。
席に着くなり、店の人から「歌いに来たんでしょ?」
「いやいや、今日は取材で……」
というぼくの言葉も聞かず、店員はごり押ししてくる。
ぼくはしぶしぶ一段高くなったステージに足を運んだ。
演奏は店の人がしてくれる。選んだ曲は『神田川』。
神田で神田川ですよ。粋だね。
店内は地下一階の狭さ。シチュエーションとしては申し分ない。
周りは50代前後のおじさんが20人ぐらい。
完全アウエーだ。平壌で戦う日本代表の気持ちがちょっとだけわかった。
30歳の年端もいかぬ若造が、フォーク界における名曲中の名曲を
歌うのだ。怒られはしないかと、ビクビクしながら歌い始めた。
歌い始めると、「なんだ、おれ、いけるな」と思い始めてきた。
というより、だんだん気持ちよくなってきた。
調子にのって、フルコーラス歌ってしまった。
最後はあたたかい拍手をもらった。うれしかったですねえ。
ほんとこれ、やみつきになりそうですよ。
ところで、この「神田川」は南こうせつ氏のグループ「かぐや姫」が
1973年につくった、「四畳半ソング」なんですが、
このころ、ぼくは影も形も存在してないわけです。
青春時代にこの曲に親しんだおじさんたちに、聞いてもらえて
なんか気恥ずかしくもうれしいような、妙な気分だった。
参加できるものはなんでも参加してみる。
やっぱりこうでないといけない。
確かに恥ずかしさはあるんです。
でもね、やってみたら、たのしいんですよね。