時代は変わった 

ある演歌歌手が上京したてのころに喫茶店でアルバイトを
していたときの話。
ウィンナーコーヒーを客から注文されたのだが、
バイトをはじめたての彼はそれがどんなものかわからない。
とりあえず、ソーセージではなく、ウィンナーを
コーヒー皿にコロンと置いて出そうとした。
すると、同僚の女性アルバイトが言う。
「なにやってんの! ダメじゃない、炒めないと」
ほどよい頃合いに炒められたウィンナーは、
再度、コーヒー皿に鎮座し、お客のもとへ――。
その客はウィンナーをつまみにして、コーヒーを飲んだという。
この話、全員がボケである。誰も突っ込む人がいない。
コントでは成立しないネタだ。
同じようなことがあった。
私が大学で上京したてのころだから10年前のことだ。
大学野球部の同期二人と試合帰りに
ファミレス風イタリアンの店に行った。
三人とも地方出身者であった。
私とAはライスとハンバーグかなんかを頼んだ。
しかし、Bはライスとリゾットを頼んだ。
注文を取りに来た20代半ばのウェイターはうろたえた。
3人なのにライス3つとリゾットなのだ。
「ライスは三つでよろしいでしょうか?」
二、三度聞かれたと思う。
ウェイターの頭は混乱した。
新しい時代をつくりだそうとしているこの若者を、
どう処遇していいのか分からなかったのだ。
そのときのウェイターの「ハトが豆鉄砲を喰らった」
ような顔といったらなかった。
首をひねりながらボーイは店の奥へと消えていった。
リゾットとライス。
そう、これが彼史上初の「ダブル炭水化物」だった。
Bはリゾットがどういうものか知らなかったのだ。
そういう私もリゾットは聞いたことはあっても
どういうものかは知らなかった。
Bは運ばれたライスをリゾットにドーンと入れて
「これでいーんだよ」と言って食べていた。
それがまたうまそうだったのが悔しかった。
時代は変わった。
今やリゾットを知らない大学生はいないだろう。
そして、ウィンナーコーヒーは喫茶店から姿を消した。
時代は変わった。