ハンパねえ乱闘

そういえば思い出したのだが、こないだ電車で乱闘を目撃した。
妙齢の女性(おばちゃん)VS若い女の一騎打ちであった。
事の顛末はこうだ。
東京・京王線の下り列車。時間は9時ぐらいだっただろうか。
ぼくは笹塚という駅で乗り換え、車内のドアの斜め横の
つり革に捕まって立っていた。
そこへ目の前に若い女の子が入ってきて、ドアの端に
座り込み、ケータイで話しはじめた。
するとすぐにおばちゃんがやってきた。
おばちゃんは女の子を認めると、すぐに怒り心頭に発した。
「やめなさい! 携帯電話で通話しちゃだめって書いてあるでしょ!」
と非常に強い口調で怒鳴りつけ、同時に女の子が左手に
持っていたケータイを右手で取り上げようとしたのだ。
「ちょっとなにすんのよ、やめてよ!」
そらそうなるわな、という感じで事態は深刻な方向に
向かっていった。
女の子は意地でもケータイを手放さない。
女の子は空いている右手をグーにして、おばちゃんの肩あたりに
一撃を食らわせたが、おばちゃんには致命傷にいたらず、
今度は舌戦になった。
「書いてある文字が読めないの?」
とおばちゃん。
「やり方があるでしょ!? なんでそんなことするの!?」
と女の子。ケータイを取り上げられそうになったことを言っているのだ。
ここまではまだよかったのだが、ここからが人間の醜いところだった。
「ダメって書いてあるでしょ。あなた字が読めないの。おばかさんなの?」
「人生は学歴で決まるの? わかった、おばさんだから悔しいんでしょ?」
互いに相手の弱点と思われそうなことで罵りあっているのだ。
あんたたちはエミネムかと言いたい。
このままバトルは続くかと思ったが、ドアの前での攻防だったため
人が乗ってきたので、このバトルは一時休戦になった。
だが、二人の興奮は冷めない。
すごかったのは女の子のほうだった。
電車が走り出しても目の前のおばちゃんをずっと睨みつけいるのだ。
その形相といったらそれはすごかった。
昼メロのドラマで意地悪い女が、ヒロインの女に憎たらしい
一言を言ってやるときの顔を想像するとわかりやすい。
おばちゃんのほうも怒りがおさまらない様子で
ときおり女の子のほうを睨んでいる。
駅を5つ6つ、いや、7つ8つぶんぐらい走っただろうか、
駅に着いて、ドアが開くか開かないかというタイミングで
女の子のほうが動きに出た。
ツカツカとおばちゃんのほうに歩み寄り、
「ふざけんじゃないわよ」的な捨て台詞と同時に
右のグーパンチをおばちゃんの左ほおをめがけて放ったのだ。
ところが、この右フックをおばちゃんは当たってから
ガシっと受け止めた。
だが、女の子のほうはそれを振り払い、今度は右のローキックを放った。
これはクリーンヒットした。
そして、女の子は開いたドアからすかさず駅のホームに降りようとした。
女の子は自分の降車駅になったら、ドアが開く直前に殴って
逃げてやろうと思っていたのだ。
「待ちなさい!」とおばちゃんは追いすがったが、
足がもつれ、車内で転倒してしまったのだ。
さっきのローキックが効いていたのかもしれない。
倒れたおばちゃんの目の前で、無常にもドアがプシューっと
閉まった。
おばちゃんは興奮した様子で自分がもといた位置まで戻ると、
女の子の後姿を目で追っていた。
「なんなのあの子!? 注意しただけなのに」
とワナワナと独り言を言った。
ぼくは殴り合いになったとき、「ちょっとちょっと」
といって割って入った。
口だけのケンカならおもしろがって見ていられるが、
女性同士とはいえ、暴力はよくない。
それにしても女の人っていうのはコワい。
あのずっと睨んでいた女の子の目は尋常ではなかった。
憎悪むきだしの目だった。
15分間ほどまったく目をそらさずに、まばたきひとつせず
「おばちゃん」と言う名の憎悪の対象を睨んでいるのだ。
トータルテンボスが言うところの「ハンパねえ」目だった。
男だとどっちが悪いかを理論で説き伏せようとするのだろうが、
女の人は感情のほうが鋭く出てしまうのだろう。
しかし、「頭が悪いから」「おばさんだから」という口ゲンカは
お世辞にも程度が高いとはいえず、見ていて哀れであった。
だが、やり方はどうであれ、おばちゃんの勇気は
エライと思う。注意すれば、嫌な思いをすることのほうが
多いことをわかって、それでも注意した。
見てみぬフリをしている自分を少しだけ反省した。
ぼくとしては、最初に手を出したのが女の子ほうだったので、
9.5対0.5で女の子のほうに否があると思う。
またこのようなことがあったら、今度は殴り合いになる前に
止めてみたいと思う。