親を亡くした子の精神的ケア

震災の翌日だったが、被害の様子を伝えるテレビの映像のなかに
津波で行方不明になった小学校高学年ぐらいの女の子が
海に向かって、「お母さん、お母さん」と泣きながら叫ぶ
というものがあった。
夫婦ふたりでそれを見ながら、言葉が出なかった。
ふたりして泣いた。
あの子はいまどうしているのだろう。
お母さんが見つかる可能性も、あの段階ではまだあったはず。
見つかっていればいいのだが。
あの子の母親が見つかったとしても、
同じように親を亡くした子はたくさんいるはず。
何百という単位で幼くして親を亡くした子がいるのだろう。


たぶん、5,6年前だったと思うが、阪神淡路大震災
孤児となった人が20代前半で結婚して、出産する過程を取材した
テレビ番組を見たことがある。
その女性は子どもを宿したけれども、そのことに戸惑っていた。
出産予定日を大幅に遅れ、医師からは
「母親になりたいという強い気持ちがないと陣痛はおこらない」
といわれていた。
結局、帝王切開で出産することになるのだが、
手術室に入っても「お母さん、お母さん、どこにいったの」と
泣き叫んで錯乱状態だった。


海に向かって泣き叫ぶ女の子を見たとき、
この女性のことを思い出した。
一般に自立のときとされている、小学校3、4年生のころに
ならないと、人間の死は理解できないという。
死というのものは抽象的なことなので、小学校低学年ぐらいまでは
具体的なことしか理解できないからだという。
1995年の阪神淡路大震災のとき、あの女性はたぶん、
小学生だったはず。
うまく死を理解する段階を経ないと、いつまでもその悲しみが
癒されないということになるのかもしれない。
逆に、3〜5歳ぐらいまでの子のほうが、親を失っても
死ということがどういうことかわからないので、
いなくてさみしいというだけで、比較的元気に見えることがある。
親を失った子どもの精神的なケアを、誰がどの程度やるのか。
元気に見える子も注意深く見ておく必要がある。