黒田博樹という男

一番好きなプロ野球選手は聞かれて、
すぐには誰も思い浮かばなかった。
しばらくして、ひとり思いついた。
広島カープ黒田博樹投手だ。
専修大学からプロに入って、毎年10勝前後を
挙げている、広島のエースだ。
ピッチング自体もさることながら、
表情から「危機感」のようなものを
感じるのは黒田ぐらいだ。
大差がついて勝った試合でも9回に1点取られると、
甲子園で負け投手になった高校球児のように、
がっくりとうなだれる。
あそこまで自分のピッチングに誇りを持っている投手を
ぼくは知らない。
弱小球団の打てない打線に怒りをあらわにすることもない。
0−1で負けても、1点を取られた自分を悔い、反省する。
あの狭い広島球場で0点に抑えることは並大抵のことではない。
1点で抑えたなら、それで投手の役割は十分果たした
と考えるのが普通だ。
それを黒田は許せない。
その黒田が先日、8回まで1対1で抑えておきながら、
9回に1点を取られて負け投手になった。
黒田は泣いた。
ベンチに戻って人目をはばからず泣いた。
首位争いをしているわけではない。
負けたからといって優勝がなくなったわけでもない。
タイトルがかかっている試合でもない。
選手生命が絶たれるわけでもない。明日もゲームは続く。
特別なことは何もない、ただの、普通の1ゲームなのに
黒田は泣いた。
負けて悔しかったからだけではない。
最後まで抑え切れなかった自分自身の不甲斐なさに泣いた。
球は速いが、派手な投手ではない。
パフォーマンスやコメントが巧みなわけでもない。
だが、投げている姿、表情を見るだけで、
「危機感」が伝わってくるのだ。
この「危機感」はいったい何なのだろうかと思う。
まるで死の宣告をされているかのような
切迫感があるのだ。
「明日はない。あるのはこの今だけだ」という
「危機感」なのだ。
これからも黒田のピッチングに注目して、
あの「危機感」が何なのかを解き明かしてみたい。