『やればできるさ Yes,You can.』

『やればできるさ Yes,You can.』は、ある親子の軌跡を
書いた本である(主婦の友社刊)
タイトルだけを見れば、皮肉屋を鼻白ませる類の本で
あるように思えるだろう。
でもまあ、信じられないことがいろいろと書いてある本なのだ。
スポーツの世界で「アンビリーバボー!」ほど陳腐な表現はないが、
彼らをアスリートとみなしても、みなさなくても、思わずそう
呟いてしまいそうなのだ。
そう、彼らはアスリートなのだった。
脳性まひで四肢まひとなった息子を車いすに乗せて、
フルマラソンを走ったのが、父・ディック・ホイトである。
いや、そういう紹介は正しくない。
車いすの息子リックと父ディックの「チーム・ホイト」が
幾多の難関を乗り越え、マラソントライアスロン、アイアンマンレース
に出場したといったほうが正確だ。
父ディックが息子を連れてレースに出ると決めたのは、
息子15歳、自身が37歳のときだった。
その時の逸話がいい。
きっかけは、息子リックの体育教師だった。
その体育教師は四肢まひで体育の時間に図書館に通っていたリックを
「授業に出よ!」といい、他の生徒と同様に扱った。
授業ではリックができる運動を生徒みんなで考えさせ、実行した。
そんな体育教師がバスケットの試合にリックを連れて行ってくれた。
そこである張り紙をみる。
自分と同じように障害を持つジミーという少年のための
チャリティーラソンの告知だった。
それを見たリックが「父さんと出たい!」といい、以後、現在まで
1000以上のレースに出てきたというのである。
父リックはボストンマラソンにも出るようになり、
競技用車いすがない時代に、50キロを超える体重をもつ息子が乗った
車いすを押しながら、2時間40分で走れるようになった。
「人ひとりを押しながら、42キロを2時間40分で走る」
ことがいかに困難であるかは、少しスポーツをやったことのある
人なら誰でも想像できるだろう。
その後、トライアスロン、アイアンマンレースと挑戦することになる。
確かにこの父親は超人なのだけど、いつでも無邪気に明るいリックと、
息子を普通の学校に入れさせるために奔走した母親の苦労も見逃せない。
彼ら親子には、自分たちさえよければいいという考えはなく、
自分たちが得た知識や人とのつながりを使って、障害者の理解を
広めるような活動を、レースと同時に行なっていった。
「やればできる」という現代の神話を信じさせてくれる実話としては
これほど的確なものはない。
そのことと同じくらい、彼らが障害者への理解を広める運動を
行なってきたことは、大事なことを語っていると思う。
つまり、自分たちが受け取ってきた有形無形の支援を、自分たちだけで
終わらせるのではなく、外の世界に広げ、次の世代につないでいく、
ということだ。
困難にぶち当ったら、また読み返したい一冊です。