「子どもはまだか?」

「一発必中だったよ」
大学時代の野球部の同期が言う。
なんのことかというと、子づくりのことだ。
曰く、どんぴしゃで計算どおりに、懐妊したというのだ。
「ほほう、狙ったところに来たから振ったら当たったと?」
「そうそう」
「レフトスタンド一直線って感じだね」
などと野球になぞらえた会話でおめでたを祝った。
しかし、いつからだろう、こういう話が気楽にできなくなったのは。
「いまは『子どもはまだ?』って聞いちゃいけないんだってね」
と言っている年配の人がいた。
確かに気軽に「子どもは?」って聞けない雰囲気がある。
身体的にか、精神的にか、どっちかに、あるいはどちらもに
原因があるからかわからないから、気安く問えない。
結婚していないものはそのつらさがわからないから、
気安く問うて、本人たちを傷つけることもある。
昔はたぶんそんなんじゃなかった。
「子どもは?」と言われたとき、ほとんどの人は
自分たちへの激励と受け取り、喜んだ。
けれど、今は晩婚化して高齢出産も当たり前になったし、
そもそも子どもが少ないから周囲の期待も過剰になるため、
周囲からの期待をプレッシャーと感じるようにもなった。
私は妊婦になったことがないし、これからもなる予定がないから
女性のプレッシャーはわからない。
けれど、自分で周囲のそういう人に気安く問いかけないようにするのと
同時に、自分たちが言われたときには「期待」「励まし」と
受け取れるような気持ちの余裕をもっておきたいものだと
友人との会話からふと思った。